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モンスター
狂っている。

とち狂っている。

何に対して、とち狂っていると言っているのかと言うと、他ならぬ給食費のことだ。
未納のことだ。

ネットのニュースでチラ見したのだが、学校の給食費の支払いをしない家庭が増えていると行った記事を目にした。それも支払い能力がないために給食費を払わない訳ではない、と言った感じのものだった。

そして支払わない理由の一例が記載されていたのだが、それを読んでみるとあまりにも勝手な言い分だったため度肝を抜かれたのだが、ほんの一例だ。僕が目にした記事での理由は『義務教育なんだから社会保障でなんとかしろ』的なものであった。なかなか想像力が豊かな方の発言なんだろうけど、なんだかなぁ。もうね。頑張れ日本!としか言いようがない。

モンスターペアレンツとかそんな難しい話しではなく、ただの無銭飲食ですよ。
戦後間もなくの時代であれば袋叩きにあってもおかしくない行為が公然と行われている訳です。
まぁ。頑張れ日本!としか言いようがない。

一昔前ならモンスターペアレンツを持つ子供は憐れまれる対象であったのではないだろうか。

僕が子供の頃、身近なところでのモンスターペアレンツに分類される親を持つ友達は殆どいなかった。過保護な親を持った友達もいたが、現代のニュースなどでとりざたされるモンスターペアレンツとは少し違っていた。学校に筋違いの注文をして問題になるようなことはなかったし、給食費は当然支払っていただろう。
ただただ、自分の子供を可愛がっていただけだろう。だが、過保護な親を持つ友達は思春期になると尋常とは思えぬ勢いの反抗期を過ごしていた。並々ならぬ安心感が、常軌を逸した反発心に変わってしまったのだろう。それこそ藁人形でも作らんばかりに親のことを嫌っていた。僕はその友達のそう言った場面を憐れみの目で眺めることしかできなかった。

僕の家は躾に厳しい家ではなかったし、ましてや過保護でもなかった。良く言えば信頼されていた。悪く言えば放ったらかしだった。そんな放任主義の家庭で育ったため、両親から言い聞かされて教わるようなことはあまり多くなかった。ただ、他人に迷惑を掛けるようなことをすると許してもらえないだろうと言うことは肌で感じていた。どんなに好きかってやっても後始末を自分でするなら何でもありだ。

うちの母親は今でこそ穏やかになったが僕が子供の頃はそれこそ現代で言うモンスターペアレンツとはだいぶ違うタイプのモンスターであった。

悪いことをすると裸で外に放り出されたし、大抵毎日怒られていた。まぁ、今思えば僕が吟遊詩人のように自由な生活を過ごしていたせいだろう。僕は学習能力が、けたたましく低かったし、獣のような加齢臭の中年男性よりも他人を不愉快にする能力があることも手伝って母は堪忍袋の尾が切れっ放しの状態だったのだろうと思う。その頃の母の口癖は『いいかげんにしんさいよ』だった。

誕生日にウルトラマンの自転車を買ってもらったのだが、その時はそのウルトラマンが本当に空を飛ぶとは夢に思わなかった。

何が原因だったかは忘れてしまったのだが母の逆鱗に触れてしまい絶体絶命のピンチに陥ったことがある。暴走機関車って言うかスティーブンセガール化した母は、僕の誕生日のウルトラマン自転車を重量挙げの選手よろしく持ち上げたかと思いきやこちらに向かって、投げてきた。僕は『ジュワッチ!』って言わずにこちらに飛来するウルトラマンを前に一歩も動くことができなかったが、ウルトラマンは僕からは随分離れたところで検討違いの所に着地した。僕はその場で母親を見つめることしかできなかったのを覚えている。僕はその時、どんな悪いことをしたのかは覚えていないがウルトラマンの飛来だけは覚えている。そしてもう二度とウルトラマンが飛来しないことをせつに願った。

給食費を支払う過保護な親を持つ友達は、給食費を支払う暴君の親を持つ僕のことを憐れみの目で見ていたことだろう。

狂っている。

とち狂っている。

何に対して、とち狂っていると言っているのかと言うと他ならぬウルトラマンのことだ。
飛来のことだ。


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未分類 | 01:18:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
飴と日常と風景
子供の頃から不思議に思っていた。

なんで『ちゃん』?


僕が子供の頃、我が家は滅多なことでは外食はしなかった。たまに外食に行く事になると決まって中華料理屋か近所の定食屋だった。

当時は、今のようにファミリーレストランやファストフード店があちらこちらに立ち並ぶような町並みではなかったため外食時の店選びの選択肢は多くはなかった。それに加えて出不精の父の影響もあって、当時は外食と言えば前述の2件と決まっていた。しかし当時はそのことになんら疑問を持たなかった。どちらの店に行くことになったとしてもいつもと違った環境でご飯を食べることに心が弾んだものだ。

中華料理屋に行くと僕は決まって中華丼を頼むことになっていた。自分で選択していたのか母親に決められていたのかは思い出せないが、他のものを注文した記憶がない。毎回同じものを頼んでいたのだが次回は数ヵ月後になるので問題ない。父は決まって酢豚定食を頼んでいた。夫婦で営んでいる店だったこともあってか、アットホームな雰囲気で居心地の良い店だ。

外食時の選択肢のもう一つの店の定食屋。
僕の地元の中で2番目に大きな通り沿いにある定食屋。こちらも夫婦でやっている店だったが調理をするのは旦那さんで厨房から出てくることはなく、接客はおばさんが一人でやっていた。あまり広くない店内だが座敷もある。言うまでもなく居心地は良い。
そこでは決まってBランチを注文していた。夜に行くことしかなかったがB"ランチ"だ。これは家族揃って同じものを注文していた。Bランチはバラエティに富んだメニューでハンバーグ、白身のフライ×2、スパゲティ、目玉焼き、サラダ、と品数も多い。サラダに添えられた薄切りハムが地味に嬉しい。そんなに一度に大御馳走を頂いても良いのか、と言うくらいの贅沢品のように感じていた。

幼い頃は家族で外食に行くことが、ささやかながらちょっとしたイベントのように感じていた。日常の中にある自然な風景ではなかったことは間違いない。大げさだけど少し非日常的で不自然な風景。ちょっと気分が良い感じ。
ほんの近所にある店だったが気分的にもよそ行きになっていた。

そんな楽しみにしていたちょっとしたイベントだったが、僕が高校生になる頃には家族と外食をする機会はなくなっていた。その頃はコンビニやファミレスやマックなどと言ったチェーン展開をするお店が増えていた。多様化の流れが押し寄せ、世の中の様々なものに利便性が求められ、淘汰されそして進歩していった。新しいものがたくさん生まれ、それよりも多くのものがなくなっていった時代だ。

僕はその時期、若者特有の冷めた目で世間を見ていた。世間のあちこちで新旧の生き残りをかけたガチンコ勝負が繰り広げられていただろうが、僕らにとっては遠い異国のお話であった。

何より便利になるのは大歓迎だった。街中、コンビニだらけになっても困ることはなかっただろうし、3食ファストフードでも問題なかっただろう。どんなことでも簡素化できることを便利だと感じ、それらを無条件に受け入れ積極的に利用した。欲しい物を探して会計を済ませるまでにかかる時間と、食べたいものを胃袋に詰め込むまでの時間は短いに越したことはない。

コンビニで会計時に店員と会話をすることもなく目も合わせることもなく、ファストフード店で注文した品物が手元に届くまでに5分と待つこともない便利な生活にはすぐに慣れ、当たり前になっていた。

その頃の僕にとって『外食』は日常の自然な風景となり、特別なことではなくなっていた。

自宅で夕飯の用意がないときに母親がたまに例の定食屋でBランチを持ち帰ってきてくれた。家族で定食屋に行くことはなくなったが、Bランチを味わうことは定期的にあった。Bランチを家族で食べるとき、何か独特の匂いを感じると言うか懐かしくなると言うか、日常的で自然な風景ではないのだけれど、ちょっと気分が良い感じ。

僕と定食屋との繋がりは母親がたまに持ち帰りで買ってきてくれるBランチだけとなってから数年が経ち、大人になってからは自分のお金で外食できるようになったこともあり持ち帰りで買ってきてもらう必要がなくなった。Bランチを食べる機会はなくなった。

数年間、地元を離れたが今は地元に住んでる。生まれ育った土地だ。両親は引越してしまったので地元に残っているのは僕だけになった。

30代独身男がこんなことを言っても誰も共感してくれないだろうし、むしろ気持ち悪がられると思うが、『一人ぽっちだな。』なんて感じることがよくある。そんな時、例の定食屋に行く。

日常的で自然な風景。ちょっと気分が良い感じ。

僕が冷めた目で世間を見ていた頃、旦那さんとおばちゃんがガチンコ勝負を繰り広げたかどうかはわからないけど、今も店をやってくれていることにすごく感謝する。

食事が出てくるまでの時間はファストフード店には適わない。
会計をする際に余計な一言を発しなければならない。
非日常的で不自然な風景。ちょっと気分が良い感じ。

食べ終えて会計する時に、おばちゃんがレジの前の小さな籠いっぱいに詰め込まれたアメ玉を指差して、『飴ちゃん、持って行き』と。

子供の頃から不思議に思っていた。

飴『ちゃん』?
聞き返してみようかとも思ったが次の機会にすることにして店を出た。


テーマ:雑記 - ジャンル:日記

未分類 | 01:03:33 | トラックバック(1) | コメント(0)
岐路
これでも昔に比べて随分前向きになったほうだ。

昨年の10月頃に携帯電話の機種変更をした。
なにも新しい機種が欲しかったから機種変更した訳ではなく、それまで使っていた携帯電話が使えなくなったので已む無く機種変更をした。

『已む無く』の理由は海に携帯電話が落ちたからだ。正確に言うと僕が海に落ちて、その時お尻のポケットに入れていた携帯電話も一緒に水没した。

何故10月に海へ行くか?と、疑問があるかも知れませんが、僕は釣りバカなので、その日も倉橋で釣りをしていた。いつも釣りをしに行く場所だ。道路沿いに堤防があり、その海側には防波堤の役目を果たすテトラポットが並べられている。そのさらに海側にはテトラポットにそって石が積み上げられ調度良い足場になる。そして石のさらに内側は砂浜があり干潮時には砂浜に降りて釣りをすることができる。満潮時には石の足場のすれすれのところが海面になり強い波が来たときには少し波しぶきがかかってしまうこともある。

言うまでもないが、海には潮の満ち干きがあるため時間により水位が変わる。満潮時には行けなかった場所でも干潮時には行けるようになったりする。その逆も然り。

あの日は釣りを始めた時には砂浜で釣りをすることが出来たんです。時間が経つにつれ潮が満ち始めたので石の足場での釣りになりました。

話は大幅に脱線するが、僕は蜂が嫌いだ。蜂が好きって人はあまりいないだろうが、僕は極めて蜂が嫌いだ。子供の頃、両親と出掛ける時に家の外で両親が出てくるのを待っていた。ボーっと突っ立って待っていた。多分、アホみたいな顔をしていたはずだ。そのアホの子の半ズボンから剥き出しにされた太ももに、どこからともなく現れたどでかい蜂が止まった。適当に言ってみるが、あれは熊蜂と言う奴ではないか。動かざること山の如しと言わんばかりに僕の体は硬直した。しばらくして両親が家から出てくるのが見えた。その途端、涙が溢れて大声で泣き喚いているとアホに止まった蜂はまたどこかに飛んでいった。幸い刺されることはなかったのだが幼い子供の心に大きな恐怖を植え付けるには充分過ぎる出来事だった。

僕は蜂が本当に大嫌いだ。

前述の場所で釣りをしているとかなりの確立で蜂と遭遇する。蜂の巡回ルートなのか知らん30分くらいの周期で蜂がやってくる。僕の周りで少し「ブーン」って言ってまたどっかに行く。「ブーン」って言ってどっかに行ってくれる蜂ばかりなら良いのだが、職務質問でもしそうな勢いで周りを巡回する蜂もいる。そんなパトロール蜂の恐怖に怯えながら釣りをしている。

石の足場での釣りは難航を極めた。あと一杯釣れたら帰ろう、などと思って粘った。いつもなら早々に諦めて帰るのだけどその日は蜂に追っ駆け回されたこともあり是が非でも、もう一杯が釣りたかった。

職務質問蜂に悩まされながらも粘った甲斐有って一杯釣り上げることができて帰り支度を始める。

来たときよりも水位はかなり上がっている。来たときには普通に砂浜を歩いて辿り着けた石の足場だったが、帰りには砂浜はすっかり海の中に消えてしまって地面からは戻ることができなくなった。戻る方法は石の足場より道路側にあるテトラポットに登るしかない。コンペイトウみたいな形したテトラポットのボコッと飛び出た部分にしがみついてよじ登ることにした。

コンペイトウに手を伸ばした瞬間に海に落ちることを確信した。コンペイトウのボコッとした部分に伸ばした手は無常にも、と言うか見事に滑った。背中から海に落ちる!コンマ何秒かの間に走馬灯みたいなものがやってきた。そしてコンマ何秒後かには海に落ちている自分を想像しながらゆっくりとそしてあっと言う間に背中から海に落ちた。

瞬間。心の底から「良かったぁ。」って思った。そして声を出して笑った。近くで釣りをしている人から見ればさぞ気持ち悪かったことだろう。水位は上がっていたが、立てば腰までもないくらいの海から這い上がりずぶ濡れの状態で車へ向かった。道中、不思議に思った。なぜ落ちた瞬間に「良かった」って思ったのだろうと。

足場の石が積み上げられた先には尖った岩がいくつもある。僕が落ちたのはその尖った岩がたくさんある隙間だった。僕は海に落ちる瞬間に、その尖った岩に頭や体を打ち付けることを想像していた。だけど、落ちたのは隙間だった。

車に戻っても少し笑いが出た。本当に心底「良かった」と思った。お尻のポケットから携帯電話を取り出した。しばらくは普通の状態のようだったが、間も無く画面は真っ黒になり二度と電源が入ることがなかった。

倉橋からの帰路で先ほどの出来事を何度か思い出し、その度に笑いが出た。何がおかしいのか解らないが笑いが止まらなかった。どっかでテトラポットによじ登ろうとして手が滑って海に落ちて尖った岩で頭でも打ったんじゃないかってくらい笑いが出た。

電源の入らない携帯電話に目をやり、新しい電話に変えるキッカケになるな。良かったな。などとは思わなかったが、海に落ちた瞬間に「良かった」と思えた自分に正直驚いた。


未分類 | 00:54:51 | トラックバック(1) | コメント(0)
バレンタイン
バレンタイン。

古くからの習慣で女性が男性にチョコレートを渡す日である。
女性からして見れば、ほのかに想いをよせる男性に対して告白をするには絶好のイベントに成り得るのではないだろうか。

お正月もとうの昔の出来事となり、しびれるほどの寒さにも慣れ、真冬ではあるが、あとは暖かくなるばかりでほんの少し春の匂いを感じる季節。
2月。
そんな中で女子にとっての一大イベント。それがバレンタインデーではないだろうか。
自分の思いの丈を下駄箱や机の中にそっと忍ばせる。
その儚く繊細な想いを届けるための行為には相当の勇気がいることであろうが、『バレンタインデー』がほんの少し背中を押してくれる。
来る日に向け、手作りチョコを練習したことでしょう。失敗を重ねやっとうまく完成したチョコを手製のラッピングで仕上げ、想いを込めた手紙を添える。

そんな出来事が今日もどこかであったとしたら微笑ましいことです。

前述のような出来事は『青春を謳歌している若者のためのイベント』と言う発想は僕が歳を取ったからだろうか。

あちらこちらでバレンタインデーが近くなっていることを感じる。コンビニやスーパー、それこそレンタルビデオ店などに行ってもそれを感じさせる場面がある。

そんな光景を見て20年前の僕が言ってましたよ。
いやな。もうね。正直辞めてくれませんか。と。
僕の大好物のきのこの山が買えないじゃないですか。と。

この時期、どこ行ってもバレンタインデーじゃないですか。僕は本当に疲れたときとかの楽しみがきのこの山を食べることなんですよ。本当に欲してるんですよ。
それなのに、こう大々的にバレンタイン~とか言われるとチョコ買えないんですよ。普段なら全然平気なんだけど、この時期、男がチョコ買ってると「あ。チョコ貰えない人が来た」なんて思われてるんじゃないかなぁ、なんて気になってチョコなんか買えない訳ですよ。「え~。チョコ貰えませんでしたけど」なんて言うのも惨めでね。
そんな息子を不憫に思ってか母親がチョコをくれるんですけど、これ、食べると涙でそうになります。喜怒哀楽で言うと「喜び」はもちろん違うし「怒り」に遠からずで「哀しい」はニア・イコールだがちょっと違う「楽しい」であるはずもなく。。。どれにもあてはまらないから敢えて言うと「チョコ貰えないから」です。
っ言うかバレンタインデーなくなれ!って思ってました。

って20年前の僕が言ってました。

男30にして立つ。と、言いますが僕も30を過ぎて5年も経つので20年前の僕とは違います。今年は生命保険会社のおばちゃんにも板チョコ貰ったし、事務のおばちゃんにも貰った。なにより職場の若い女子にもチョコ貰った。
貰ったった。

そして今日は、とある事情があって実家に帰ったので母親からもチョコを貰った。決して「食べると涙が出てくるチョコ」を受け取りに行った訳ではなく事情があって帰ったらたまたまチョコを貰っただけです。

あと一つ。
下駄箱や机の中にそっと忍ばせるような儚い繊細な想いではなく、もう少し頑丈な想いが乗せられたチョコを受け取りに行きました。

甘いものが特別好きと言う訳でもなく、どちらかと言うと苦手なのですがやっぱり嬉しい。とりあえず一口食べてみた。

歯が痛い。
奥歯が痛いのです。

かなり痛いな。
虫歯かな。

僕も30を過ぎて5年も経つのですが、バレンタインデーなくなれ!って思いました。

未分類 | 00:27:20 | トラックバック(1) | コメント(0)
初滑り。
肋骨にヒビが入った。

初滑り。

テンションは簡単に最高潮に達する。

それに加えて、ウェアとブーツとゴーグルを新調したこともあり、ほんのり気分も高揚していた。
たいしてうまくもないのに目立つ配色のウェアに、上級者用のブーツ。
道具を揃えるのが趣味なのか、道具を使いこなすことが趣味なのかも分からないが、とにかく調子に乗っていた。

瑞穂はチケットも少々お高めだ。しかし、いつも行く芸北国際はオープンしていないし、ここぞと言う時にしか行けない瑞穂に出向き、『オープニングランをかましてやろう』、などと鼻息も荒く乗り込んだ。

チケットを購入し、いざゴンドラへ。
瑞穂は所謂、『ゲレンデ』に辿りつくためにはゴンドラに乗る必要があります。
カプセルみたいな形の乗り物に乗り込み山頂を目指す訳です。

正直面倒臭い。
スノーボードやスキーをする人なら分かってくれる人もいると思いますが、車を降りたら即ゲレンデ。みたいなとこのほうがテンション高いまま滑ることができるような気がしませんか?
しませんか?そうですか。僕はする。
僕がいつも行く芸北国際は車を降りたらすぐゲレンデ。と言う訳でもないのだけど、駐車場から滑走するエリアは見渡せる感じになっている。

対して瑞穂は駐車場からはゴンドラの行列しか見えない。

とは、言えゴンドラを乗らないことにはゲレンデには辿りつけない為、しぶしぶゴンドラに向かう。

瑞穂のゴンドラの行列と言えば、とてつもない大行列を思い浮かべる。もう、それこそゴンドラに乗り込むまでに30分くらいは待つんじゃないかってくらいの大行列。
僕はそんな行列の中に並ぶヒトリスト故、他との接触を限りなく0に近付けるアイテムのウォークマンを持参。
いや本当はそうじゃなくて、暇を持て余すのが嫌過ぎて、、、なんだけどね。
だけどその日はオープンして間も無くだった為ってこともありそこまでの行列ではなかった。案外すんなりゴンドラまで辿り付けた。

列に並んでると、僕と同様、一人で滑りに来ているヒトリストがいました。列に並んでいるうちに同じタイミングでゴンドラに近付いて行った。どうやら僕はその人と一緒にゴンドラに詰め込まれることになるらしい。
案の定、同ゴンドラ。

僕は正直、一人でゴンドラに乗りたかった。
なぜなら『一人ゴンドラ』だったら愛用のウォークマンから流れる『安全地帯』を口ずさむどころか大熱唱することだってできるし、途中でお腹が痛くなってもオナラを平気で、と、言うかむしろ『実弾出ろ』の勢いで出すことだってできる。言わばゴンドラを制すものになれるのだ。ゴンドラの神だ。
だけど、係員の高校生くらいの人にあごで指示されたので、しぶしぶの同ゴンドラです。

ただ救いは僕と同様、ニヒルにヒトリストを気取っている同年代男性だったことです。書いてみて思ったけど僕はニヒルにヒトリストを気取ってんだな。もう辞めよう。

で、僕はイヤホンを耳から外し、『お一人ですか?』と尋ねてみました。普段は病的に人見知りだし、尋常じゃないくらい引っ込み思案で知らない人に話しかけることなんて有り得ないのですが、雪山となれば話は別。それにもう一歩でゴンドラの神にも成り得た僕はいつもの僕とは違う。

ニヒリストの同年代男性に話しかけてみた。そうするとどうでしょう。話が弾むではないではないですか。
通信簿に『協調性に欠ける・・・』やら、先生に書いてもらった卒業アルバムの寄せ書きに『本当は優しい子・・・』などと評された僕が。だ。話が弾むんです。

世間に揉まれたから?大人になったから?いやいや雪山だからです。そしてゴンドラだからです。
彼は九州からツアーバスで来たようでした。そして朝一から滑ってて少し休憩をするために一番下まで滑ったみたいです。
そして、再度山頂を目指すゴンドラに乗り込んだところ僕とあいのりに相成った訳です。

彼はシーズン中に何度か広島及び山陰のスキー場に訪ねてくると言っていました。そして今日が彼にとっても今シーズン初滑りだとも言っていました。そして年に1度は北海道にスノーボードをしに行くのが楽しみだとも言っていました。1月の25日に行くって言ってたかな。彼はTだと名乗りました。

他愛のない会話でしたがゴンドラの10分前後の時間があっと言う間でTとはもう少し話がしたいな、って名残惜しく感じました。
そうするとTが、『どうですか?一本、一緒に滑りませんか?』と言ってくるではないですか。僕は自分の滑りのレベルの低さも忘れTの意見に賛同しました。

ゴンドラから降りて、いざリフトへ。リフトでの山頂へ向かう道中、彼は北海道へ行く際は新調した板で滑りに行く事をとてもうれしそうに話してくれました。同じ趣味を持つ人間として彼のウキウキ感がものすごく伝わってきてこっちまでテンションあがりました。
一本!と言うことではありましたが、結局4~5本一緒に滑りました。

僕は初滑りと言うこともあり体力に自信がありませんでしたし、なによりせっかく九州から来て滑るのを楽しみにしているTの足手まといになって気を使わせてしまうのは忍びなかったので『僕は一旦、下まで降りて休憩しますので』と、告げてTとのセッションを終了することにした。

Tはとても楽しそうに滑る人で、こっちまで楽しくなってしまうような感じの人でした。

次のリフトに乗り込むT。山を下りていく僕。

手を上げる僕。手を振るT。

1月の25日は過ぎたけどTは北海道、楽しめたかな。
良いコンディションの中、滑ることができたかな。

Tのことについて知っていることと言えば。
名前。
住んでいる地域。
年1で北海道に行くこと。
今シーズンは新調した板で滑りに行くこと。

そのくらい。
だけど、僕の一生の思い出として残るのではないかと思っている。

正直、人との繋がりなど煩わしいと思うこともある。
だけど、たまに実感するときがある。
人との繋がりを大事にしてみて良かったな。って。


手を上げる僕。手を振るT。
滑り始める僕。見えなくなるT。

の直後、肋骨折れた。


未分類 | 02:57:55 | トラックバック(1) | コメント(1)
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