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飴と日常と風景
子供の頃から不思議に思っていた。

なんで『ちゃん』?


僕が子供の頃、我が家は滅多なことでは外食はしなかった。たまに外食に行く事になると決まって中華料理屋か近所の定食屋だった。

当時は、今のようにファミリーレストランやファストフード店があちらこちらに立ち並ぶような町並みではなかったため外食時の店選びの選択肢は多くはなかった。それに加えて出不精の父の影響もあって、当時は外食と言えば前述の2件と決まっていた。しかし当時はそのことになんら疑問を持たなかった。どちらの店に行くことになったとしてもいつもと違った環境でご飯を食べることに心が弾んだものだ。

中華料理屋に行くと僕は決まって中華丼を頼むことになっていた。自分で選択していたのか母親に決められていたのかは思い出せないが、他のものを注文した記憶がない。毎回同じものを頼んでいたのだが次回は数ヵ月後になるので問題ない。父は決まって酢豚定食を頼んでいた。夫婦で営んでいる店だったこともあってか、アットホームな雰囲気で居心地の良い店だ。

外食時の選択肢のもう一つの店の定食屋。
僕の地元の中で2番目に大きな通り沿いにある定食屋。こちらも夫婦でやっている店だったが調理をするのは旦那さんで厨房から出てくることはなく、接客はおばさんが一人でやっていた。あまり広くない店内だが座敷もある。言うまでもなく居心地は良い。
そこでは決まってBランチを注文していた。夜に行くことしかなかったがB"ランチ"だ。これは家族揃って同じものを注文していた。Bランチはバラエティに富んだメニューでハンバーグ、白身のフライ×2、スパゲティ、目玉焼き、サラダ、と品数も多い。サラダに添えられた薄切りハムが地味に嬉しい。そんなに一度に大御馳走を頂いても良いのか、と言うくらいの贅沢品のように感じていた。

幼い頃は家族で外食に行くことが、ささやかながらちょっとしたイベントのように感じていた。日常の中にある自然な風景ではなかったことは間違いない。大げさだけど少し非日常的で不自然な風景。ちょっと気分が良い感じ。
ほんの近所にある店だったが気分的にもよそ行きになっていた。

そんな楽しみにしていたちょっとしたイベントだったが、僕が高校生になる頃には家族と外食をする機会はなくなっていた。その頃はコンビニやファミレスやマックなどと言ったチェーン展開をするお店が増えていた。多様化の流れが押し寄せ、世の中の様々なものに利便性が求められ、淘汰されそして進歩していった。新しいものがたくさん生まれ、それよりも多くのものがなくなっていった時代だ。

僕はその時期、若者特有の冷めた目で世間を見ていた。世間のあちこちで新旧の生き残りをかけたガチンコ勝負が繰り広げられていただろうが、僕らにとっては遠い異国のお話であった。

何より便利になるのは大歓迎だった。街中、コンビニだらけになっても困ることはなかっただろうし、3食ファストフードでも問題なかっただろう。どんなことでも簡素化できることを便利だと感じ、それらを無条件に受け入れ積極的に利用した。欲しい物を探して会計を済ませるまでにかかる時間と、食べたいものを胃袋に詰め込むまでの時間は短いに越したことはない。

コンビニで会計時に店員と会話をすることもなく目も合わせることもなく、ファストフード店で注文した品物が手元に届くまでに5分と待つこともない便利な生活にはすぐに慣れ、当たり前になっていた。

その頃の僕にとって『外食』は日常の自然な風景となり、特別なことではなくなっていた。

自宅で夕飯の用意がないときに母親がたまに例の定食屋でBランチを持ち帰ってきてくれた。家族で定食屋に行くことはなくなったが、Bランチを味わうことは定期的にあった。Bランチを家族で食べるとき、何か独特の匂いを感じると言うか懐かしくなると言うか、日常的で自然な風景ではないのだけれど、ちょっと気分が良い感じ。

僕と定食屋との繋がりは母親がたまに持ち帰りで買ってきてくれるBランチだけとなってから数年が経ち、大人になってからは自分のお金で外食できるようになったこともあり持ち帰りで買ってきてもらう必要がなくなった。Bランチを食べる機会はなくなった。

数年間、地元を離れたが今は地元に住んでる。生まれ育った土地だ。両親は引越してしまったので地元に残っているのは僕だけになった。

30代独身男がこんなことを言っても誰も共感してくれないだろうし、むしろ気持ち悪がられると思うが、『一人ぽっちだな。』なんて感じることがよくある。そんな時、例の定食屋に行く。

日常的で自然な風景。ちょっと気分が良い感じ。

僕が冷めた目で世間を見ていた頃、旦那さんとおばちゃんがガチンコ勝負を繰り広げたかどうかはわからないけど、今も店をやってくれていることにすごく感謝する。

食事が出てくるまでの時間はファストフード店には適わない。
会計をする際に余計な一言を発しなければならない。
非日常的で不自然な風景。ちょっと気分が良い感じ。

食べ終えて会計する時に、おばちゃんがレジの前の小さな籠いっぱいに詰め込まれたアメ玉を指差して、『飴ちゃん、持って行き』と。

子供の頃から不思議に思っていた。

飴『ちゃん』?
聞き返してみようかとも思ったが次の機会にすることにして店を出た。


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テーマ:雑記 - ジャンル:日記

未分類 | 01:03:33 | トラックバック(1) | コメント(0)
岐路
これでも昔に比べて随分前向きになったほうだ。

昨年の10月頃に携帯電話の機種変更をした。
なにも新しい機種が欲しかったから機種変更した訳ではなく、それまで使っていた携帯電話が使えなくなったので已む無く機種変更をした。

『已む無く』の理由は海に携帯電話が落ちたからだ。正確に言うと僕が海に落ちて、その時お尻のポケットに入れていた携帯電話も一緒に水没した。

何故10月に海へ行くか?と、疑問があるかも知れませんが、僕は釣りバカなので、その日も倉橋で釣りをしていた。いつも釣りをしに行く場所だ。道路沿いに堤防があり、その海側には防波堤の役目を果たすテトラポットが並べられている。そのさらに海側にはテトラポットにそって石が積み上げられ調度良い足場になる。そして石のさらに内側は砂浜があり干潮時には砂浜に降りて釣りをすることができる。満潮時には石の足場のすれすれのところが海面になり強い波が来たときには少し波しぶきがかかってしまうこともある。

言うまでもないが、海には潮の満ち干きがあるため時間により水位が変わる。満潮時には行けなかった場所でも干潮時には行けるようになったりする。その逆も然り。

あの日は釣りを始めた時には砂浜で釣りをすることが出来たんです。時間が経つにつれ潮が満ち始めたので石の足場での釣りになりました。

話は大幅に脱線するが、僕は蜂が嫌いだ。蜂が好きって人はあまりいないだろうが、僕は極めて蜂が嫌いだ。子供の頃、両親と出掛ける時に家の外で両親が出てくるのを待っていた。ボーっと突っ立って待っていた。多分、アホみたいな顔をしていたはずだ。そのアホの子の半ズボンから剥き出しにされた太ももに、どこからともなく現れたどでかい蜂が止まった。適当に言ってみるが、あれは熊蜂と言う奴ではないか。動かざること山の如しと言わんばかりに僕の体は硬直した。しばらくして両親が家から出てくるのが見えた。その途端、涙が溢れて大声で泣き喚いているとアホに止まった蜂はまたどこかに飛んでいった。幸い刺されることはなかったのだが幼い子供の心に大きな恐怖を植え付けるには充分過ぎる出来事だった。

僕は蜂が本当に大嫌いだ。

前述の場所で釣りをしているとかなりの確立で蜂と遭遇する。蜂の巡回ルートなのか知らん30分くらいの周期で蜂がやってくる。僕の周りで少し「ブーン」って言ってまたどっかに行く。「ブーン」って言ってどっかに行ってくれる蜂ばかりなら良いのだが、職務質問でもしそうな勢いで周りを巡回する蜂もいる。そんなパトロール蜂の恐怖に怯えながら釣りをしている。

石の足場での釣りは難航を極めた。あと一杯釣れたら帰ろう、などと思って粘った。いつもなら早々に諦めて帰るのだけどその日は蜂に追っ駆け回されたこともあり是が非でも、もう一杯が釣りたかった。

職務質問蜂に悩まされながらも粘った甲斐有って一杯釣り上げることができて帰り支度を始める。

来たときよりも水位はかなり上がっている。来たときには普通に砂浜を歩いて辿り着けた石の足場だったが、帰りには砂浜はすっかり海の中に消えてしまって地面からは戻ることができなくなった。戻る方法は石の足場より道路側にあるテトラポットに登るしかない。コンペイトウみたいな形したテトラポットのボコッと飛び出た部分にしがみついてよじ登ることにした。

コンペイトウに手を伸ばした瞬間に海に落ちることを確信した。コンペイトウのボコッとした部分に伸ばした手は無常にも、と言うか見事に滑った。背中から海に落ちる!コンマ何秒かの間に走馬灯みたいなものがやってきた。そしてコンマ何秒後かには海に落ちている自分を想像しながらゆっくりとそしてあっと言う間に背中から海に落ちた。

瞬間。心の底から「良かったぁ。」って思った。そして声を出して笑った。近くで釣りをしている人から見ればさぞ気持ち悪かったことだろう。水位は上がっていたが、立てば腰までもないくらいの海から這い上がりずぶ濡れの状態で車へ向かった。道中、不思議に思った。なぜ落ちた瞬間に「良かった」って思ったのだろうと。

足場の石が積み上げられた先には尖った岩がいくつもある。僕が落ちたのはその尖った岩がたくさんある隙間だった。僕は海に落ちる瞬間に、その尖った岩に頭や体を打ち付けることを想像していた。だけど、落ちたのは隙間だった。

車に戻っても少し笑いが出た。本当に心底「良かった」と思った。お尻のポケットから携帯電話を取り出した。しばらくは普通の状態のようだったが、間も無く画面は真っ黒になり二度と電源が入ることがなかった。

倉橋からの帰路で先ほどの出来事を何度か思い出し、その度に笑いが出た。何がおかしいのか解らないが笑いが止まらなかった。どっかでテトラポットによじ登ろうとして手が滑って海に落ちて尖った岩で頭でも打ったんじゃないかってくらい笑いが出た。

電源の入らない携帯電話に目をやり、新しい電話に変えるキッカケになるな。良かったな。などとは思わなかったが、海に落ちた瞬間に「良かった」と思えた自分に正直驚いた。


未分類 | 00:54:51 | トラックバック(1) | コメント(0)

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